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吉屋ちるー(1650~1668/記念碑によれば)
沖縄の女流歌人です。結構、有名なんですよねぇ。20首余りくらいしか唄を残していないのに・・・!
彼女につきまとうイメージは、彼女の人生からか「薄幸」
でも、美人で頭が良かったのです。多くの首里士族がメロメロになったくらいですから。
彼女が歌う琉歌(8.8.8.6形式の和歌みたいなもの。でも、この琉歌って全部三味線に乗せて歌うことができるんですよ/笑)は抒情的なのが多いのが特徴的。

1650年にムラオサの娘として生まれて、父親が借金の連帯保証人になり、ちるー(鶴)は8つの時に那覇の遊郭へ売られました。そのときに歌ったのが「恨む比謝橋や」という歌。
8つの時に歌い上げたとしたら見事ですよねー。
今ではその橋に記念碑が建っています。
この橋の近くの民俗資料館には結構詳しい資料が残っているそうですが・・・・(・・・今も残っているかどうか/ヲィ)
さて、遊郭に売り飛ばされた彼女はある青年士族(お客さん)と恋に落ちます。しかし、身分違いのかなわぬ恋を嘆き、19のとき、自ら食を断ち自殺をしたといいます。
数え年(生まれたときを1歳として、新年がくれば1つ年取る)19なら、今なら18、17くらいじゃないかなぁと思うんですが・・・。
ちなみに「吉屋」っていうのは、遊郭の名前だそうです。
だから、「吉屋」のちるーってなるわけですよね。
っていうか、本当にこの人、「薄幸」な感じしかイメージが無いんですが・・・(汗)


女流歌人っていったら、恩納ナビーも有名ですが、彼女は1700年代の女流歌人です。恩納村の農民の娘。おおらかで、たくましい琉歌が多いです。有名なのが「恩納岳あがた」という歌。この森を押しのけて愛しいあの人に会いたい!!ってな歌なんですが。他にも恋のためにおおらかかつスケールの大きい歌が特徴的。っていうか、見事にちるーと対照的。明るくて、おおらかで、ハイビスカスとか似合いそうな村娘。沖縄のおばあの娘バージョンみたいな感じだと思います。

どっちの歌人も沖縄に強く影響していますよね。
っていうか、個人的に昼(ナビー)と夜(チルー)のイメージ・・・(ヲィ)
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