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「くるりくるり」が頭を離れないです。
なんとなく、これ。昭和って感じ。深緑の闇に深緋色の花びらってなイメージ。まぁ、色彩的なことは正直どうでもいいんですよ。
ただこの曲聴いて、最初に思ったのが。「目取真作品だな」って。
「水滴」でも「風音(短編)」でも、友人に生かされて生きているんですよ。でも、そことなくあの妖しい雰囲気は苦手でどうも好きになれないんですが・・・(苦笑)
・・・。まぁ。明日4月1日は沖縄無血上陸の日なんで少し語ろうかなぁって・・・。まぁ、そんな感じで・・・(苦笑)

私が、こういう戦争作品(小説)を読んだのは高校三年の夏くらいからだから、すっごい浅いです。しかも、宿題だったしね(苦笑)
沖縄で戦争っていうのは毎年6月に触れる機会があるんですが、どうしてもなー・・・。映像と語りと現地から行くのはさすがに怖かったよ・・・。そういう意味でどうしても戦争作品に触れたくない!っていうのが強かったんですな。だから、小説として読んだときはずしっと来ました。「野火」とかさ。肉が食べられなくなったもんなぁ・・(苦笑)
「水滴」では、主人公が戦友(重症)の水を飲んだことが。
「風音(短編)」では、藤井が加納に怪我を負わされたことが。(ってか、下手したら死んでいた気がするんだよなぁ・・・)
結果的に、生かされたんですよ。ってか、まんま「くるりくるり」のサビ通りって感じなんですよね・・・!
君が死んでから僕はやっと生かされたっていう事実を知る。無くして初めて、知らされる。
でも、生かされながら生きるっていうのは結局その人の影を畏れながら生きることになっちゃうんですよね。だから、
「水滴」では親指の水を飲ませることで。
「風音(短編)」では加納のず頭蓋骨を見つけることで。
やっと、自分らしい生き方を得たんだろうなって思います。
・・・ちょっと離れるんですが。明石屋さんまさんとかのドラマの「さとうきび畑の唄」(?)で、勝地が演じた役って友人の代わりに壕を出た子なんですよね?
生かせた側になるんですよねぇ・・・。なんだかなぁ。勝地の演じる役のイメージってどうしても、生かされる側なんだよなぁ・・・(苦笑)
イージスのときの行といい、大角といい。その人の影を畏れながら生きているイメージがあるから、どうしてもイメージ湧かないんですよねぇ・・・(苦笑)
ってかグダグダですね。

単に、「くるりくるり」が「水滴」「風音(短編)」とめっさ似通っているなぁって話です。
うわ、一文にまとまるよ・・・!まんま、勝地のとこは蛇足ですね!
・・・ってか、宿題でこういうことを書きたかったなぁって・・・(苦笑)
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