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ネタはたくさんあるんだ!(それもどうかと)
最近はバイトにも慣れてきましたし・・・!でも、同期の子(年下)にかなり迷惑をかけてしまっているので正直、年上の威厳も何もあったもんじゃねぇなと・・・(まったくだ)
とりあえず、今日一番のネタは(ネタってなんだ)涙袋が蚊にかまれたことです。まぶたまで被害が・・・。ってか、今11月・・・!!
こん

沖縄の市町村史が面白いです。
北谷間切から始まって、恩納村をかすって、コザ市に回って、浦添間切でにへらにへらして、うるま市へ(全てちらっとしか読んでないんですがね・・・!)
いっそ買いたいです。各市町村史。あぁーでも、そんなん買っていたら、字史まで欲しくなる・・・!!(どんだけ)
ってか、リゾート地恩納村が開放的な沖縄を凝縮した感じで非常に素敵でした。儒教観が薄く、毛遊び盛んで、夜中遊んで帰ってきた娘のために入り口の釜には夜食を置き(おおらかすぎるだろ・・・!)二大女流歌人(よしやチルーは本によって読谷だとかバラバラなんですが・・・現在地で考えると恩納村なんで・・・)を生みだし、ペリー来訪時にはべた褒めされ(名勝地も多い)、小学校ではなく山学校に通い、黒曜石が見つかった貝塚の上にはイユミーバンタ(魚を見るための丘)そしてとっておきが
「出身は?」
「オンナのインブです」(地名)
「え。・・・それはわかるんですが・・・。ご出身は?」
「オンナのインブです」(地名)
だと思います。
恩納にね。いんぶって地名があるんですよ。ってかこの会話がまるっと村史にのっていたところが凄いと思います。

で。コザ市史も素敵でした。
あーあの地方野望溢れるわ・・・!!何から何まで野望だらけというか、さすが王子領というか・・・!
沖縄市の由来が「ゆくゆくは県庁を持ってきたいから」
コザ市の時代から、「国連大学をコザ市に・・・!」という理想があったんですね!尚宣威も越来城主だったんですねー。農村時代はやたら疲弊していたようですが、薩摩襲来のときには非常に奮闘したらしいです。
そして、北谷間切のことをやたら書くんだ。この地域・・・!エイサーが北谷は優雅で嘉手納は雄々しくて素敵だと言ったり、北谷長老という人が居たんだとわざわざ章タイトルにし、首里の王様が江戸に行くときは、北谷と嘉手納は自分らの生活のことより、王が江戸に行くことを悲しんでいたと書き。
ごっつぁんでした・・!正直北谷両町史のよりわかりやすかったんだぜ・・・!

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